ひとつ前の記事の目的は、僕の記憶力がどの程度かということもありました。で、実際に読んでみて、まだ全部は読んでないけど前の記事に対して突っ込むと
周辺視野については全く考えていませんでしたね。
本書にある「初見力を決定づける6つの要因」を頭に入れながら、もう一度よく考えましょう。
な感じで、最初から読んでるとだんだん筆者と波長が合ってきて、読みながらはあまり深く考えられないというかそんなとこまで突っ込む気が湧いてこないので、とりあえず最後まで読んでいくってな感じです。記憶力については読んでる時はすんごいガッカリしたんですが、はやり人の記憶は頼れないですねと、自分のことなのに一般論的なの持ち出して今は一件落着。
本については、僕みたいな読むのがトロい奴でもスラスラ読めてしまう文章は読んでて嬉しくなりますね、と思いました。
2012年05月12日
2012年04月27日
「ピアニストの脳を科学する」を買う前の話
(僕がだらしないせいで一週間くらい前の日記です。学校の帰りに立ち読みした日のことです。)
いずれは買うつもりをしていた本だったが、帰宅中に運よく「本屋にあったら一応どんな感じか見ておくか」という発想がわいたので、今さっき本屋へ寄って立ち読みしてきた。
目次は興味深い内容が多かった。一番気になる「初見演奏」を読んでみて、面白かったらその場で買おうかなと思ったが、財布を忘れた。
以下うろ覚えの内容について、
初見演奏の巧さはピアニストによってバラバラらしいが、出典が英語論文っぽかったので、英語でピアニストというと単にピアノ弾く人みたいな感じにもなってしまうしどうなの、とかどうでもいいこと考えてたが、まあこれは前後読んでないからいいや。
あと、初見演奏の巧いピアニストは初見演奏のヘタなピアニストより固視数が少ないというのと、初見演奏の巧いピアニストは初見演奏のヘタなピアニストより一固視の平均時間が短いということを述べて、そこから初見演奏の巧いピアニストは認知能力が高くて周辺視野が広いみたいなことを述べていたが、もし演奏時間がピアニストによらず一定のものだったとすれば、当然固視数が少なくなるにつれて一固視あたりの時間は長くなるし、あと演奏時間の多くをサッケード中の時間に割いているという可能性も考えなければならない。
でも本文では BPM とか演奏時間については何も言っていなかったし、固視時間以外のサッケード中の時間についても何も触れていなかった。
なので、これがもし演奏時間不定で演奏者に適当に決めてもらうというものなら、単に「速く弾ける人は眼球運動が少なく、固視はすぐに次の固視へ移る」とかいう、若干意図的な推察だが、それが速く弾くってことやろ!と、なんか拍子抜けな感じになってしまって、なんだかなと、今考えを整理しながら思った。
そもそも著者のイメージする「巧く(上手く?)弾く」とは何なのか、そこを読んだだけではわからなかった。
こうなれば他の章へ興味がわいてくるが、巧く弾くことに関してはいろいろ考え方があるだろう。
ここ(勝手にリンクしてすみません)に書いてある「楽譜通りに弾く」ことだって、フォルテやピアノは絶対量ではなく相対量で表現されることから、いくら演奏者が自分を究極だとか「完璧に弾くことであの偉大な作曲者と同一になれることが一番の幸福」などと言っても、楽譜通りに演奏する「自動演奏」機能を持ったピアノが完璧に弾いたところで誰が満足するだろう。リンクに書いてある内容は「楽譜通りに弾く」こと自体よりも、もっと他のことが強調されていると思う。実際ピアニストは独自の解釈による完璧を追い求めるばかりだが、解釈による変調をどれだけ弱めたところで結局は、ピアニスト”独自”の完璧を強めるばかりで自己からは逃れられない。しかし、それゆえに「そこから出てくる喜びは自分だけが本当に判る」のである(僕が書いてもレベル低いんで参照を読んだほうがいいですね)。
演奏とは何だろう。日本の名随筆 別巻13というのを見つけたので、これを読めば助けになるかもしれない。孫引き参照した「バッハをめぐって」の全文もある。
いずれは買うつもりをしていた本だったが、帰宅中に運よく「本屋にあったら一応どんな感じか見ておくか」という発想がわいたので、今さっき本屋へ寄って立ち読みしてきた。
目次は興味深い内容が多かった。一番気になる「初見演奏」を読んでみて、面白かったらその場で買おうかなと思ったが、財布を忘れた。
以下うろ覚えの内容について、
初見演奏の巧さはピアニストによってバラバラらしいが、出典が英語論文っぽかったので、英語でピアニストというと単にピアノ弾く人みたいな感じにもなってしまうしどうなの、とかどうでもいいこと考えてたが、まあこれは前後読んでないからいいや。
あと、初見演奏の巧いピアニストは初見演奏のヘタなピアニストより固視数が少ないというのと、初見演奏の巧いピアニストは初見演奏のヘタなピアニストより一固視の平均時間が短いということを述べて、そこから初見演奏の巧いピアニストは認知能力が高くて周辺視野が広いみたいなことを述べていたが、もし演奏時間がピアニストによらず一定のものだったとすれば、当然固視数が少なくなるにつれて一固視あたりの時間は長くなるし、あと演奏時間の多くをサッケード中の時間に割いているという可能性も考えなければならない。
でも本文では BPM とか演奏時間については何も言っていなかったし、固視時間以外のサッケード中の時間についても何も触れていなかった。
なので、これがもし演奏時間不定で演奏者に適当に決めてもらうというものなら、単に「速く弾ける人は眼球運動が少なく、固視はすぐに次の固視へ移る」とかいう、若干意図的な推察だが、それが速く弾くってことやろ!と、なんか拍子抜けな感じになってしまって、なんだかなと、今考えを整理しながら思った。
そもそも著者のイメージする「巧く(上手く?)弾く」とは何なのか、そこを読んだだけではわからなかった。
こうなれば他の章へ興味がわいてくるが、巧く弾くことに関してはいろいろ考え方があるだろう。
ここ(勝手にリンクしてすみません)に書いてある「楽譜通りに弾く」ことだって、フォルテやピアノは絶対量ではなく相対量で表現されることから、いくら演奏者が自分を究極だとか「完璧に弾くことであの偉大な作曲者と同一になれることが一番の幸福」などと言っても、楽譜通りに演奏する「自動演奏」機能を持ったピアノが完璧に弾いたところで誰が満足するだろう。リンクに書いてある内容は「楽譜通りに弾く」こと自体よりも、もっと他のことが強調されていると思う。実際ピアニストは独自の解釈による完璧を追い求めるばかりだが、解釈による変調をどれだけ弱めたところで結局は、ピアニスト”独自”の完璧を強めるばかりで自己からは逃れられない。しかし、それゆえに「そこから出てくる喜びは自分だけが本当に判る」のである(僕が書いてもレベル低いんで参照を読んだほうがいいですね)。
演奏とは何だろう。日本の名随筆 別巻13というのを見つけたので、これを読めば助けになるかもしれない。孫引き参照した「バッハをめぐって」の全文もある。
2012年03月29日
タイピング本で気になったこと
この本はガチタイパーたちによる共著であるが、販売後に著者がほかの著者に対してコメントがあってもいいかなと思ったが、僕がまだ見つけてないだけなのかな。僕はまだ全部読んでないけど、別の著者同士内容が関係してるところがあったりして、当事者としてもっと深いところまで突っ込んで議論できると思うのだが、どうなんだろう。
事情はよくわかりませんが、次回へのお楽しみとかなら喜びますけどね。
事情はよくわかりませんが、次回へのお楽しみとかなら喜びますけどね。
2012年03月28日
タイピング本の表紙を読む
気付いたこと
表紙上部の「Introduction,〜」の字体がオライリー本と違いイタリック体になっていないのは何か意図があったのだろうか。
---
画像左がオライリー本で、右が栄えあるタイピング本である。
まずは左のオライリー本の表紙絵を見てほしい。この動物は見たこともない動物で名前がわからなかったのだが、巻末で「ハナグマ」と説明があった。
まずこの画像を拡大してよく見てみると、ハナグマの毛一本一本が緻密に描かれていることがわかるだろう。このハナグマの鼻先から尾の先までのどこを見ても、リアリティあふれる毛でおおわれていて、その毛が一つひとつ手作業により、精密に描かれていることがわかる。そして丁寧に描かれた一本の毛から全体を見ても、その神経の集中が均一に保たれいることに気づく。プログラムとは本来、このような姿をしていなければならない、とでも言いたいのかといった印象をわたしたちは受ける。
本書末ではハナグマの特徴を紹介していた。そこでは、メスのはなぐまは「相互利他主義」である、ということや、オスのハナグマは赤ちゃん生後一カ月まではメスと一緒に子育てをする(一カ月するとオスは追い出される)といった説明がされていて、他にもいろいろハナグマの特徴は語られていたが、そのどれもが、C++言語の持つイメージとつながりを持っているかのような、そんな印象をわたしは受けた。
そのとき、オスが、メスが、と説明されて、じゃあ表紙のハナグマはいったいどっちなんだ、という疑問が浮かんできたのだが、雌雄の特徴を知らないわたしに、このハナグマがオスなのかメスなのか見分けることはできなかった。
ただ、著者は表紙を飾るために、数ある動物のなかからハナグマを選択したのだ。ハナグマの特徴でもあるピンと高く上げられた尻尾に、わたしは何かを感じたのだった。
次に右のタイピング本の表紙を見てほしい。これは動物の種名まではわからないが、イヌ属であるとこまではわかるだろう(あとがきを見ても何の動物か説明されていなかった)。
まずこの絵を見て最初に思ったことは、オライリー本の表紙とは対称的な印象を持ったということだ。僕が対称的だと感じたのは、全体わたって均一な緻密さを持ったハナグマの絵とは違い、この絵は線と塗りの区別がはっきりしていて、毛はベタ塗りし、ムラをつくることで毛の質感を演出しているということだ。
線と塗りが区別されることによって、一つの線が持つ役割が大きくなり、絵の持つ<内容>が明暗の強調された顔に浮かぶ”閉じた目”に集中するのである。
この動物は前足を折り曲げ、伏せて丸くなっているが、この閉じた目に神経が集中することで、この動物の休息とも準備ともとらえがたい、ただならぬ静謐感をわたしたちは感じとるのである。
ふとここでオイリー本の絵でも感じた疑問と似たものが湧き上がってきたのだが、それは、この動物は大人だろうか、それとも子供だろうか、ということである。うーん。これもわたしには、はっきりとはわからない。
また、この動物が立ったとき、立って目を開いたとき、どんな姿をしているだろう。そんなことを思ったのだった。
表紙上部の「Introduction,〜」の字体がオライリー本と違いイタリック体になっていないのは何か意図があったのだろうか。
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画像左がオライリー本で、右が栄えあるタイピング本である。
まずは左のオライリー本の表紙絵を見てほしい。この動物は見たこともない動物で名前がわからなかったのだが、巻末で「ハナグマ」と説明があった。
まずこの画像を拡大してよく見てみると、ハナグマの毛一本一本が緻密に描かれていることがわかるだろう。このハナグマの鼻先から尾の先までのどこを見ても、リアリティあふれる毛でおおわれていて、その毛が一つひとつ手作業により、精密に描かれていることがわかる。そして丁寧に描かれた一本の毛から全体を見ても、その神経の集中が均一に保たれいることに気づく。プログラムとは本来、このような姿をしていなければならない、とでも言いたいのかといった印象をわたしたちは受ける。
本書末ではハナグマの特徴を紹介していた。そこでは、メスのはなぐまは「相互利他主義」である、ということや、オスのハナグマは赤ちゃん生後一カ月まではメスと一緒に子育てをする(一カ月するとオスは追い出される)といった説明がされていて、他にもいろいろハナグマの特徴は語られていたが、そのどれもが、C++言語の持つイメージとつながりを持っているかのような、そんな印象をわたしは受けた。
そのとき、オスが、メスが、と説明されて、じゃあ表紙のハナグマはいったいどっちなんだ、という疑問が浮かんできたのだが、雌雄の特徴を知らないわたしに、このハナグマがオスなのかメスなのか見分けることはできなかった。
ただ、著者は表紙を飾るために、数ある動物のなかからハナグマを選択したのだ。ハナグマの特徴でもあるピンと高く上げられた尻尾に、わたしは何かを感じたのだった。
次に右のタイピング本の表紙を見てほしい。これは動物の種名まではわからないが、イヌ属であるとこまではわかるだろう(あとがきを見ても何の動物か説明されていなかった)。
まずこの絵を見て最初に思ったことは、オライリー本の表紙とは対称的な印象を持ったということだ。僕が対称的だと感じたのは、全体わたって均一な緻密さを持ったハナグマの絵とは違い、この絵は線と塗りの区別がはっきりしていて、毛はベタ塗りし、ムラをつくることで毛の質感を演出しているということだ。
線と塗りが区別されることによって、一つの線が持つ役割が大きくなり、絵の持つ<内容>が明暗の強調された顔に浮かぶ”閉じた目”に集中するのである。
この動物は前足を折り曲げ、伏せて丸くなっているが、この閉じた目に神経が集中することで、この動物の休息とも準備ともとらえがたい、ただならぬ静謐感をわたしたちは感じとるのである。
ふとここでオイリー本の絵でも感じた疑問と似たものが湧き上がってきたのだが、それは、この動物は大人だろうか、それとも子供だろうか、ということである。うーん。これもわたしには、はっきりとはわからない。
また、この動物が立ったとき、立って目を開いたとき、どんな姿をしているだろう。そんなことを思ったのだった。

